2009.07.02
7月★
早いものでもう7月に入りました。
中学生は期末テストも終わり、あっと言う間にもう夏休みですね。
期末テストは科目数も多く、実技教科のペーパーテストも行われ、「こんなこと勉強して大人になって本当に役にたつ??」という質問?を受けたり、「覚えることが多すぎる!!」という声も聞かれたりしましたが、みんな長時間頑張っていました。
思い返してみれば私も学生時代、(特に苦手な科目について)「これを勉強してどうするんやろう??」と疑問に思ったこともありました。
実際、そのときは必死で覚えたけれど今具体的には何の役にたっているかわからない、ということも多々ありますが、もっと勉強しておけば良かったと後悔することはあっても、あの時勉強しすぎて損したなと思うことなどはありません。
たくさんのことを知りたい、進路選択の幅を広げたい、とりあえず目の前のテストで良い点数をとりたい、など何でもいいので自分の中で納得して学習をすすめて行くことができればそれで良いと私は思います。
ところで、このブログでも他の先生方が本を読むことの意義について書かれていますが、私は「文章を書く」という視点からその意義を述べたいと思います。
作文・小論文・レポート等文を書くきっかけは何でもいいのですが、共通しているのは「誰かに読ませるための文章である」ということです。
例えば、友人に手紙を書くときは相手が知らないはずのことをさも知っているかのように書くことはしないはずです。
それと同じように作文等でも常に読み手の存在を意識し、相手の立場に立って文章を構成していく必要があります。
それだけで文章の印象は全然違ってくると思います。
とりあえずあまり説明をせずに何かテーマを提示し、作文を書いてくださいと課題を出すと、大概は目の前のマスを埋めることが目的となってしまい、いつの間にか読み手の存在は無視されてしまっています。
そうなってしまうと、読み手に一番伝えたい部分(自分の主張)の印象は薄くなってしまいます。
受験生と話をしているとそれぞれいろんな意見を持っていて、感心させられるポイントがいくつもあります。
ですが、それを文章にしてみると稚拙な表現になってしまうということもあります。
書き言葉は「よそいきの言葉」です。読み手を意識し、よそいきの言葉で表現することが必要なのです。
その表現を工夫する上で必要なのが自分の語彙量です。
知らない漢字は書けないし、聞いたことも見たこともない表現を用いて文章を書くことは不可能です。
そういった意味で語彙量を増やすためにも本だけに限らず多くの文章を読むことには大きな意義があると思います。
現在高校生のゼミで、要約した文章を基にその話題についての自分の意見を書くという課題を出しています。
回数を追うごとにどんな展開になっていくのか楽しみにしながら私自身も勉強していきたいと思います。
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