2010.02.07

〈学力低下〉をどう考えるか

 〈学力低下〉が叫ばれるようになって、もうどれくらいなるのでしょうか?この間、様々な教育改革が実施されてきましたが、この問題が根本的に改善されてきた兆しは残念ながら見られません。では、そもそも〈学力〉とは、何なのでしょう?どのような能力を指しているのでしょう?社会の変化に影響されない固定的な能力なのでしょうか?あらためて考えてみると、いくつもの疑問が浮かんできます。

2006年に国際機関であるOECDが実施した学習到達度調査、PISA(Program for International Students Assessment)では、「思考プロセスの習得、概念の理解、及び様々な状況でそれらを生かす力を重視する」ことが調査概要に明記されているように、〈学力〉を単に〈知識の量〉と等価に見るのではないことがわかります。ここでは、考えを組み立て、それを概念化し、さらにそれを状況に応じて使っていくといった一連の流れを〈学力〉とみなしているのです。実は、ここ20年間の社会の変化を受け、国際的な〈学力観〉は大きな変容を遂げてきたのです。以下にその変化の概要を見ていくことにしましょう。

1990年代に入って、私たちの社会は本格的な情報化時代に入りました。個人の生活の中にコンピュータや携帯の情報端末が入り込み、私たちはクリックひとつで世界の多くの情報を手に入れることができるようになりました。個人が多くの情報を簡単に手に入れられるようになったことで、私たちは大きな利便性を手に入れることになったのですが、そのことと同時に私たちは様々な社会連帯を失うことになったのです。かつて、情報は人間関係を媒介として獲得されていくものでした。ある情報を手に入れるためには、そのことに詳しい人との関係が不可欠であったのです。ところが、個人が莫大な情報と直結した時代においては、人間関係は無視できるわけです。こうして個人の情報化は、地域の連帯や家族の連帯さえ希薄化させる構造をもたらしました。まさに私たちは動かずに、情報だけを手に入れられる状況を獲得したのです。

このように、個人が情報を所有していることが前提となる社会においては、その情報をどう選択したり、どう組み合わせたり、どう加工していくかが問われます。つまり情報量が問題なのではなく、その質が問題となっていくわけです。そしてより質の高い情報を得るためには、様々な角度でその情報を検討していくことが前提となり、そこには複数の視点が必要となります。さらに複数の視点は、自分の視点そのものを別の視点でとらえなおす省察的な態度に支えられており、この省察的な態度は、他者との関係性に育てられていくのです。以上を整理すると、情報の質が問われる社会においては、他者との関係の中から生じる複数の視点がとても重要になってくると言えるのです。ここに情報化社会が構造的に抱える大きなパラドックスがあります。つまり、情報化は個人と情報そのものを直結させ、社会的連帯を希薄化させる一方で情報の質が問われる状況を生み出し、その質を高めるためには様々な他者との関係による複数の視点が必要になるのです。

さらに本格的な情報化時代の到来は、社会の産業構造をも大きく変えていきました。80年代までの私たちの社会は、主に工業生産主導型の産業構造が社会を牽引していましたが、それが知識経済、あるいは消費型経済に移行するにしたがって、サービス提供主導型の産業構造へと変化していったのです。このような社会においては、求められる人材の能力も、指示されたことを忠実に実行できるだけでは不十分なものとなり、より創造的な能力が求められるようになっていったのです。そしてそれに伴って、〈学力観〉そのものも画一的な答えを効率的に記憶するといったものから、吟味された情報から自分で概念を作り上げ、それを状況に応じていかに活用できるかが求められるようになっていったのです。

 では、このような社会変化に伴った〈学力観〉の変容に教育現場はどのような対応をしてきたのでしょう?このことについては、過去の教育改革が示すように、ほとんど手が打たれていないように思います。その理由は、この〈学力観〉の変容は、教育現場のあり方、あるいは指導目標や指導方法そのものを大きく揺るがすだけの構造的な変革を要求するものであるからです。

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