2010.02.12
あけましておめでとうございます(遅)
大変ご無沙汰しております。
以前最後に書いたブログが、12月10日のものだったので、約2ヶ月ぶりの更新です。
私は、やっと大学のテストが終わり、今は5~6本あるレポートの執筆に悪戦苦闘しています。
アウラの塾生たち、特に中学3年生の受験生の皆は、迫り来る入試本番に落ち着かない日々を過ごしているのではないでしょうか。
(もう無事終わった生徒に関しては、お疲れ様でした!)
昨年度は大学受験という大イベントに若干息切れしていた私も、今年度はゆったりした冬を過ごすことが出来ました。
そこで我が家では、今年は受験もないし、そして私は今年で二十歳だし、ということで、約10年ぶりにお雛様を飾ることになりました。
10年ぶり…
本当に不精な家族だなぁとは思いますが、7段もある雛壇の骨組みと、人形や毛氈その他諸々を天井収納庫から引っ張り出してくるのは本当に難儀なのです。(言い訳です。)
その完成形がこちら。


やっぱり飾ってみると素敵です。
今は亡き私の祖父が初孫である私に買ってくれたもの。
これからも大切にしたいと思います。
ここで、江戸時代における3月3日の過ごし方、あるいはそれがどう考えられていたかを、貝原益軒の『日本歳時記』で見てみたいと思います。
(私の現在のレポート地獄が功を奏し、たまたま歳時記が手元にありました…)
「今日めのわらはのたはぶれ事に、ひゐなあそひとて、ちいさき人形をもてあそぶ事あり。ひゐなあそびの事は、源氏物語などにも見え侍れは、いにしへより有し事なり。又源氏に十にあまりぬる人はひゐなあそびはいみはへるものをとあれば、十よりうちにてする事ならし。」
(『日本歳時記』 八坂書房 1972年)
…「十にあまりぬる人はひゐなあそびはいみはへるものをとあれば、十よりうちにてする事ならし。」
江戸時代の常識では、お雛遊びは十歳以下の子がするものだったんですね!
以上、19歳でまだお雛様を飾ってうきうきしている田中からでした。
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