2010.06.04

〈ひとりであること)をめぐって

Y子は、その日初めてたった一人で在籍校に足を踏み入れ、学年末考査を受験しました。1年前までほとんど家から出ることもなかったY子ですが、アウラに自分で通い始め、毎日学習活動を続ける中で彼女なりの自信を取り戻し、今まで誰にも話しをすることのなかった自分自身を表現するようになって、今日のテストの受験へとつながったのだと思います。

そんなY子がテストを学校で受験している間に、在籍校の校長先生がアウラに訪ねてこられました。学校とはこれまでも何度か情報を交流させてきたので、私も安心してY子の状況をお話しすることができました。

「いつもお世話になり、ありがとうございます。今回、Yさんが学年末考査を受験できるようになったのも、アウラで丁寧に指導いただいてるからだと思っています。1年前は、名簿にも名前を記載しないでほしい。家庭訪問もしてほしくない。と、学校からすれば、手も足も出せない達磨状態だったのですが、アウラに通い始めてからは、どんどん本人も力をつけはじめ、テストまで受験できるようになったのですから、本当にすごいことだと思っています」
「そうですね。本当にY子ちゃんは変わりました。ずいぶん力強くなってきたと思います。毎日あの子は、淡々と自分の生活を送っています。その根底には〈ひとりである〉ことを引き受ける力があるんだと思います」
「〈ひとりであることを引き受ける力〉とは?」
「以前にも、学年主任の先生には少し電話でお話したんですが、彼女は“ひとりでいることが一番好き”っていうんです。そしてそのことを小学校の高学年頃から自覚するようになっていったんです。小学校の先生は、Y子が孤立しないようにといろいろ配慮をしたそうですが、それはY子から見ると余計なお世話で、そっとしてほしかった。彼女から言わせれば、学校の先生の彼女への理解はほとんど的外れで、本当の気持ちを話しても理解してもらえなかった。そしてそのうち、理解してもらおうという気持ちがなくなっていったそうです」
「よくわからないです…、彼女は孤立してひとりでいることを望んでいるんですか?」

校長先生は、私の話すことがよく理解できないようでした。その理由は簡単です。先生にとっては、〈ひとりであること〉=〈孤立〉であり、そこにはネガティブな意味づけがあるからです。学校管理者としては、生徒が孤立することは防がなければならないことなのです。ここに学校の先生とY子との〈ひとりであること〉をめぐる認識の違いがあります。学校には学校独特のフレームがあるのです。そしてそのフレームを通してY子を見つめると、彼女はいつも〈問題を抱えた子ども〉であり、生徒指導の対象となるのです。実は、Y子自身もこのフレームの違いに戸惑いを持ってきたのかもしれません。

Y子の様子を観察すると、彼女はとても自律的な子どもであることがわかります。それは学習面だけではなく、生活全般にも言えることでした。お母さんの話によると、彼女は小さい頃から大変手のかからない子どもだったそうです。5人兄弟の2番目という立場から、彼女は周りの手を煩わさないことに価値を見出してきたのかもしれません。何でもひとりでやり遂げようと無意識に行動をとってきたのかもしれません。

そんなY子が思春期に差し掛かる小学校高学年の頃、彼女は人間関係の難しさに直面します。本来〈ひとりである〉ことを好んでいた彼女でしたが、周りがグループを構成するようになると彼女も否応なく、どこかに属さなければならなくなりました。そして自分が望んでいなくても周りに合わせることが多くなり、彼女はしだいにストレスを感じる機会が増えていきました。そんなある時、彼女は友達関係の中で〈ひとりである〉ことを選びます。そしてそのことがきっかけとなって、彼女はクラスの中で孤立することになり、次第に学校を休むようになっていったのです。

私はY子を通して〈ひとりである〉ことをあらためて考えてみたいと思うようになりました。彼女を〈問題を抱えた子〉と捉えるのではなく、〈ひとりである〉ことを引き受けられる自律的な子どもと捉えることで、Y子の違った側面が見えてくるように思ったからです。彼女は、小学校高学年頃から自分自身を表現することにためらいを覚えるようになっていきます。それは彼女が「自分を理解してくれる人なんていない」と思うようになっていったからです。「家族さえ、私のことを理解してない」と言い切るY子のその心のひだに私自身が触れてみたいと思うようになっていったのです。

「私はY子と話しているうちに、“すごいな”と思うようになっていったんです。まず彼女は14歳でありながら〈ひとりである〉ことをしっかり受け止められる子どもだと思うんです。私も、今までかなりの子どもたちに出会ってきましたが、その中でもY子のような静かな強さを感じる子どもはなかったように思います。それでいて、彼女は決して孤立しているわけではありません。自分自身を閉ざすのではなく、私ともこんな話をするんですから…。つまり、彼女を問題の子どもとして捉えるのではなく。自律的な子どもとして捉えなおしたとき、彼女は私に自分の心の内を話してくれるようになった。だからこそ、彼女をある固定されたフレームの中に押しとどめるんではなく、彼女は彼女のままでありながら、周りとの関係を構築していけるようになればと私は考えているんです」
「なるほど、そうかもしれません。なかなか、そこまでの対応や考えは、現場の教師にはできません。先生であるからこそできるのかもしれません。いい勉強になりました。そして、今後Y子さんの対応を学校としてどう捉えて、どうサポートするのか、学校に持ち帰って考えてみたいと思います」
「ありがとうございます。先生にご理解いただいて大変うれしいです」
「いやこちらの方こそ」

こうして、校長先生との話は終わりました。Y子のことを通して、私はあらためて〈ひとりである〉ことを見つめ直し、私とY子との関係性を通して、校長先生は学校としてのY子への関わりを見つめ直そうとしています。思い返せば、こうして一人一人の子どもたちから、私は多くの宿題をもらいながら、その教育を考えてきたのかもしれないと、あらためて感じさせられました。

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