2011.09.10
「医療化」の問題
「医療化」とは、これまで家族や学校あるいは司法の領域の問題とされてきたことが、医療の問題として再定義されることを言います。例えば、思春期の親子間の葛藤事例をその子ども自身の病理としてしまうようなことを指しています。私は子どもたちに日々関わる中で、いつもこのことをどこかで警戒しています。安易な医療化は、子どもたちの人生そのものを壊しかねないと思うからです。
このあいだ精神科医療のあり方についていろいろと考える機会がありました。精神科にかかったものの十分に満足のいく医療が受けられなかった事例があるようなのです。
医師が、こちらの話を十分に聞いてくれない。
医師が、パソコンを打ちながらしか話を聞かない。
家族だけでは、診療が行えないと言われた。
病名をこちらが伝えると、むっとされた。
薬をやたらと一杯出された。
心理職とのアセスメントを十分にとってもらえない。
等々…
私たち素人からすれば、どこの医師がいい医師なのか、あるいはいい医師とは何かさえよくわからないのです。ただそんな報告を聞いて、充分な情報を集めようとしないで診断を下し薬を処方しようとする医師の姿勢そのものに私は大きな違和感を感じました。ましてや、患者さんの顔さえ見ようとせずに、ただ聞きとったコトバをパソコンに入力している医師なんかは、その医師自身に病理性さえ感じてしまいます。病理を抱えた医師が、精神病理の治療をおこなうなんていうのは本当に困ったものです。
精神科医療ほど、医療の領域でそれぞれの医師の対応に違いのある領域はないということをよく耳にします。ましては、現代人の誰もが病理を抱え込まざるを得ない状況の中ではますます限定的な情報から診断を下すことが難しくなっているはずです。
私は精神科医療のあり方そのものが、今過渡期を迎えているのだと思います。今までのように患者さん個人だけから情報を集めるのではなく、その患者さんを取り巻くそれぞれの立場の人たちから幅広い情報を集めることで治療方針を決定していくチーム医療の考え方に移行されるべきだと思うのです。そうすることで、この「医療化」の問題はずいぶん縮減されていくように思うからです。
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