2010.05.13

英語のリスニング

 5年前の5月9日、私は米国シアトルに向けて日本を旅立ちました。目的はシアトル・パシフィック大学の準大学院コースで行われている「英語教授法」の一連の単位(8科目24単位)を取得することでした。シアトルに到着してまず最初にしたことは、コーヒーメーカーとラジオを買うことでした。「スターバックス」、「シアトル・ベスト・コーヒー」、「タリーズ」と日本でもおなじみのコーヒー店の発祥の地がシアトル。そのシアトルで毎日自分でコーヒーを点てて飲むというのが私の夢でした。そして、この1年間のシアトル生活のおかげで、私はコーヒーの大ファンになってしまい、日本に帰ってからもコーヒーを欠かすことのない生活を送っています。

 さて、今日私が皆さんにお伝えしたいことは、実はコーヒーの話ではなく、英語のリスニングの話なのです。コーヒーメーカーと同時に私はラジオを買いました。持ち運びが良くどこでも聞ける小型軽量のものを購入しました。そして、英語の勉強に役立てるべくスイッチを入れると、そこから流れてくるのは、機関銃のような英語でした。一語一語に集中する間もなく、どんどん英語が流れていきます。以前聞いたことのある単語では?と思い出そうとしても待ってはくれません。英語はどんどん前に進んで行き、挙句の果てには理解どころか疲労と敗北感でがっかりしてスイッチを切ってしまいます。

 しばらくそんな毎日が続く中で、一つの法則のようなものを発見しました。それは、英語の流れには抑揚とストレスがあり、大切な語句や表現には決まって音が強くなったり、高くなったりと「強調」されるということでした。
今度は、その「強調」される部分を中心に英語を聞くようにしました。そうすると、一言一句神経を尖らせて聞いていた時よりも、随分リラックスして英語を聞くことができるようになったのです。以前教えていた生徒(当時高3生)がTOEICのリスニングで満点を取りました。彼女の語彙力は「ターゲット英単語1900」で1000レベルでしたが、聞き取りは得意らしく、彼女もやはり一語一語ではなく、2~3単語のまとまった表現を1つのかたまりとして捉えるようにしていたとのことでした。このチャンク(かたまり)で聞くというのが、リスニング上達の一つの「こつ」になっているようです。

 ここでいくつかのリスニングの教材を紹介しましょう。
私がよく聞いていた放送局はKuow FM94.9 (http://www.kuow.org/) というシアトルのローカル放送局です。ニュース、対談、音楽などを取り上げ、話す速度はかなり速いものでした。これは英語の響きや独特の流れを身体で覚えるのに役に立つでしょう。無理をせずただ聞き流すだけでも効果はあるものです。最初何も分からなかった天気予報も、ある日聞き終えたときに「あ~、今日は傘を持っていかなくては…。」と傘を手にしている自分に気付くはずです。知らず知らずのうちに英語が身についてきている証拠ではないでしょうか。

 英語を理解する時に役立つものに、バックグラウンドがあります。いわゆる「予備知識」です。聞き手が話す内容に興味を持っていたり、知っている話しなどは、比較的容易に内容が理解できます。見たことも聞いたこともないニュースを英語で初めて聞いて理解するのは至難の業。しかし、日本国内や日本に関連したニュースだと何度か日本語で聞いているので、「予備知識」はあるはず。英語で聞いてもその理解力にご自身でも驚かれるのではないでしょうか。NHKのラジオニュース(NHK Radio Japan  http://www.nhk.or.jp/daily/english/) は、日本国内のニュースばかりでなく最近世界で起こっているニュースまで網羅していますし、1つのニュースが短く(約1分)、飽きずに聞くことができます。

 どうも英語のナチュラルスピードにはついていけないという方には、Voice of America Special English (http://www1.voanews.com/learningenglish/home/)がお勧めです。これは英語を第二外国語として勉強している人向けに作られたもので、内容もニュースから歴史、教育、経済、科学、物語など多岐にわたり、英単語も分かりやすいものが使用されています。また、プログラムの一部にはトランスクリプト(放送原稿)も載っていますので、語彙の整理に役立つでしょう。

 最近TOEICなどの攻略本が出回っているのを目にします。確かに大学入試や就職活動で早急に得点をアップしたい人には、藁をもつかむ思いで購入するのでしょうが、やはり、英語のリスニングは時間をかけて、楽しんで聞きたいものですね。(吉良)

2009.09.28

高円宮杯第61回中学校英語弁論大会京都府予選

 今日は、高円宮杯全日本中学校英語弁論大会の京都府予選が行われました。校内予選などを含めると全国10万人の中学生が参加するといわれているこの大会は、今年で61回目を迎えます。
 県予選では各県3校の代表が選ばれ、11月下旬に東京で行われる中央大会に進出することが出来ます(同じ学校からはいくら優秀な生徒が複数いても1名しか選ばれません)。

 中央大会では、まず決勝予選が行われ、予選に勝ち抜いた27名が決勝へと進めます。有楽町の「読売ホール」で行われる決勝戦には、高円宮久子様が御臨席され、学生達のスピーチを楽しまれます。そしてみごと優勝し全国の頂点に立つことができれば、優勝賞金100万円が奨学金として贈呈されます。

 この弁論大会の後、帝国ホテル「孔雀の間」に移動し、そこで開催されるレセプションでは、大会参加者、保護者、教師等1000名以上が集い、3日間に及ぶ大会の労をお互いねぎらい、閉会式がとり行われます。

 私がこのスピーチコンテストに取り組みだしたのは、今から15年ほど前のことでした。「先生、私、スピーチコンテストに出たいんです。」という生徒の一言がきっかけで始めた大会ですが、以来、東京の中央大会に12回、京都の代表として送り出すことが出来ました。
 スピーチはオリジナルなもので、論題は自由です。時間は5分。1秒でもオーバーすると失格になってしまいます。題材選びから原稿作り、そして実際の練習を経てコンテストに出場するまで半年かかることもあります。しかしやり終えたときの充実感は何ものにもかえ難いものがあります。
 
 現在私は、学校を離れ英語講師としてアウラでお世話になっております。練習回数、練習量等、まだまだクリアしなければならない点は多々ありますが、私の夢は、この高円宮杯英語弁論大会で、京都代表の3名をアウラの塾生から出したいということです。
                                    
 高円宮杯のホームページは http://www.jnsafund.org/ です。ご覧下さい。

2009.07.12

英検面接試験

 今日は英検2次の面接試験がありました。私は、かれこれ20年以上も面接試験官を務めきました。守秘義務もありますので、詳しいことは何も言えませんが、20年前と随分違うところは、受験生の年齢が低くなったということです。当時私が担当した2級の受験生は、その多くが女子大生でした。流暢に話すというよりは、つまりながらも何とか「合格」をもぎとるっ!といった感じが強かったのですが、現在は、高校生も増え(男子生徒も多くなりました)、しかもとても上手に英語を話されます。これは学校現場でも、読み書き中心の「文法訳読方式」の授業形態から「聞取り・スピーキング」に力を入れだした表われかもしれません。

 今日、私が担当した試験会場が昨年度まで教鞭をとっていた高校でしたので、一歩校門をくぐるなり、急に懐かしさがこみ上げて来ました。顔なじみの守衛のおじさん、事務の方、英語科の先生…。みなさんお元気そうで何よりでした。帰りにこっそり昨年度高3を担任した時の教室(国際英語コース)を覗いてみました。壁に書かれた小さな落書きや、ロッカーのへこみなどを見ていると、当時のことが走馬灯のように蘇ってきました。

 よく笑い、よく泣き、よく怒るクラス。毎月開いた「誕生会」では、学校の近所から取り寄せたピザの味が最高でした。ある先生に「このクラスの常識は、世間の非常識や!」と言われて、腹を立てるのかと思いきや、「ほんまやね!」と不思議と皆、納得。掃除当番はなし。その代わり毎日全員が掃除をする。教室の後ろの壁には『英語は譲らん!』と大きく書かれた横断幕が張られ、日曜・祝日・夏休みも返上して、英語の勉強にいそしみました。本当に色んなことがありました。毎日がドラマのようでした。体当たりの日々でした。

 今、彼女達は九州、大阪、京都、東京にある大学でそれぞれ勉学に励んでいます。「今度いつみんなと会えるのかな?」きっと彼女達は未来の自分に向かって、わき目もふらず突き進んで行っているのでしょう。でも、たまには振り返って、元担任のことも思い出して欲しいなァ…なんて思ったりして…。

2009.06.14

バイリンガル・メソッド その2

 David Conclin(デイビッド・コンクリン)が私の生徒になったのは、今から二十数年前、私が米国オハイオ州にいた時のことでした。Ohio Wesleyan Univ. (オハイオ・ウェズリアン大学)で心理学の聴講生としてしばらく席を置いていた時にこの話が持ち上がりました。彼はこの大学の2回生で経済学を専攻していました。彼は日本に大変興味を持ち、将来は日本の企業で働きたいと思っていました。彼はこの年、「日本語」を第2言語として履修しようと思ったのですが、あいにくこの大学には日本語の講座がありません。そこで彼は教務に相談し、得られた結果は、『オハイオ州立大学の「日本語講座」を受講し、取得した単位は彼が席を置いているオハイオ・ウェズリアン大学の単位として認められる』というものでした。もっともオハイオ州立大学は遠くに位置していますので、彼が直接授業を受けることができません。そういった理由で大学から私に日本語講師の依頼があったわけです。10週間のコースで、1時間半の授業を週2回。場所は私のアパート。コース終了後は、本人がオハイオ州立大学に出向き単位認定のテストを受けなければなりませんでした。使用するテキストは早稲田大学が開発した入門書。しかし、かなり分厚いものでした。

 デイビッドは大変優秀な生徒で1回生の時は、Straight “A” Student(全部「優」を取得した生徒)でした。私の授業には無遅刻無欠席。予習も復習もきっちりやってくる生徒でした。私が取り入れた教授法は以前にもご紹介した、「バイリンガル・メソッド」で、教科書に載っている日本語をすべて私が英語に直し、彼はその英語を見て日本語に訳していくのです。授業の大半は英語で進められ、必要に応じて彼が英語→日本語を口頭で言っていいきます。口頭練習では必ずストップウォッチを使い、彼が日本語に直すスピードをチェックし記録を残しておきます。最初はもたもたして時間がかかるのですが、何度も繰り返し練習していくうちに、しだいにはやくなっていきました。例えば20の文章を英語→日本語に言換えるのに前回は2分50秒要したものが今回は2分43秒で言えたというふうになっていきます。その言葉の反応を「時間で管理」していくわけです。
“I translate these sentences more rapidly than before by 7 seconds!” 「前回より7秒早く言えるようになったよ!」ディビッドの嬉しそうな表情は、まるでスポーツ選手が自己記録を破った時のそれに似ていました。
 授業も5週間が過ぎた頃、州立大学の教授が一度私の日本語コースの授業を参観したいと言ってきました。バイリンガル・メソッドを紹介する良い機会でもあったので、快く引き受けました。ディビッドは5週間で日本語能力が身についたという実感があったのか彼も大変乗り気でした。
 参観当日、急きょ授業場所を私のアパートから大学の一教室に移し、教授と他のスタッフ10人ほどが見守る中、1時間半の授業を行いました。文法の説明は私が英語で行い、英語→日本語のセッションでは、ディビッドが私の英語を聞いた瞬間にそれを日本語に直していきました。ストップウォッチで記録を取りながらの1時間半はあっという間に過ぎていきました。
 参観後、大学教授は苛立ちを隠せない様子で、「日本語の授業なのだから、君はもっと日本語を使うべきではないのか?」と言い残し、私の前から立ち去りました。バイリンガル・メソッドにかなりの自信を持っていた私でしたが、その時ばかりはひどく落ち込んでしまいました。「大学の教授に否定された教授法で授業を受けていたディビッドはさぞ迷惑しているだろうな…」と申し訳なさそうに彼の顔を見ると、彼は笑顔で ”Don’t worry, Aki. I’ve trusted you, and I will!”「Aki(私の米国名)、気にするなよ。君のことは信じていたし、これからも信じるよ。」
 後半の5週間はあっという間に過ぎ去りました。しかし、内容は濃く真剣そのものでした。1時間半の授業が時には2時間、いや3時間に及ぶこともありました。「お互い良い結果を残したい」2人の共通した願いでした。
 10週間のプログラムがほぼ終わり、オハイオ州立大学に行って単位認定の試験を受ける日が近づいてきました。「ディビッド、大丈夫か?」”I’m OK.” 「本当かなぁ…?」心配性の私は彼にこんな話を持ちかけました。「いちど、試験の範囲を最初から最後まで1日で全部一緒にやらないか?」100ページを越える試験範囲。相当な時間を覚悟しなければなりません。しかし、ディビッドはこの無謀なチャレンジを快く引き受けてくれました。
 午後4時からスタートした復習授業は、「90分授業10分休み」を繰り返すものでした。途中1時間の夕食をはさみ、私は英語、彼は日本語を次から次へと喋り続け、睡魔と闘いながら、ふらふらになって最後の1文を言い終えたのが翌朝の午前4時過ぎでした。握手を交わし、アパートを飛び出し、“We made it!!”「やったぁ!」と二人で夜空に向かって大声で叫んだことを今でもはっきりと覚えています。
 10週間のプログラムを終え、ディビッドとは次第に疎遠になっていきましたが、約1ヶ月後、彼が「日本語講座」で「A」の成績を取り無事単位を修得したことを知りました。

 お互いを信頼しバイリンガル・メソッドにこだわり続けた結果が「A」という形で現れたのだと自負しております。ディビッドはその後、早稲田大学に留学し経済学を勉強して、卒業後は念願のニューヨークにある日系企業に就職することができました。
彼の留学中、一緒に京都や奈良に遊びに行ったことは今では懐かしい想い出になっております。 吉良

2009.05.24

バイリンガル・メソッド

 「外国語を習得するのに、母語はその障害になる」ということをよく聞く。例えば日本語と英語では、文の構造が違うし、単語も一部を除いては全く異なる。このような類似点の少ない言語であれば、母語と切り離して学習するほうが良いのかもしれない。しかし、日本における言語環境を考えてみると、週わずか4~5時間の英語の授業で本当に英語を効率的に習得できるのだろうか。たとえクラスで英語オンリーの授業をしたとしても、一歩教室を出てしまうと、もうそこは日本語の世界なのである。家に帰っても、友達と遊んでいても、誰一人英語を話す人はいない。1週間168時間の中でわずか4~5時間しか学習しない英語をどうやって記憶にとどめておくことができるだろうか。家庭で復習しようにもやり方がわからないし、英語オンリーの問題集もまず見当たらない。

 では、どうしたらよいのだろうか。これは逆転の発想で、せっかく慣れ親しんでいる母語=日本語があるのだから、それを大いに活用して、英語を習得してはどうか。つまり、日本語との文構造の違いをはっきりと認識した上で英語に果敢に挑戦するのである。やり方は文法に基づいた英語構文を日本語→英語に矢継ぎ早に「口頭」で訳していく方法である。最初は文法構造の違いに戸惑うだろうが、逆に戸惑うからこそ英語の文法構造が日本語のそれと違うことがはっきりと意識され頭の中に刻み込まれていくのである。また、母語を使うため記憶に効率よく定着していくのもうなずける。このバイリンガル・メソッド(母語と習得語の両方を使う教授法)の効果は私の勤めていた前任校(同志社女子・京都文教)でも実証済みである。

 今、アウラでは中学生はゼミの一部を使い教科書を中心に日本語→英語を口頭で練習している。初めての試みなので子供たちには違和感があるようだが、これを続けていくことで必ず成果があると確信している。また、高校生も基本構文集の例文200題を日本語→英語に変える練習を始めた。1枚のプリントに20題の日本語と英語が書かれたワークシートがあり、1文6秒の割合で口頭で進めていく。つまり1枚のプリントはわずか2分で言い終わることになる。そのプリントが10枚あり、全部やり終えるのに20分しかかからない。

 このバイリンガル・メソッドは日本語が与えられ、すばやく英語に直す訓練によって成り立つものであるが、「将来も日本語が常に頭に存在しないと英語が喋れないのか?」という指摘を受けることがある。しかし、これも卒業していった生徒達を見ていると、訓練を重ねることにより、日本語→英語が瞬時に行われ、あたかも日本語を使用していないかのように私には思える。
私が米国の大学院で色々な「英語教授法」を学んだが、これらはすべて、米国内の環境で英語を教えるのに適した指導法だったと思う。過去20数年間を振り返ってみても、私はこのバイリンガル・メソッドが日本において最良の教授法だと信じている。吉良

2010 July

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