2010.07.23

水槽の中の熱帯魚


「学校に行かなくなって初めて見える世界がある」
私は、彼の学習している席の横に座りながら話を切り出しました。
「学校にいる時は、学校が世界になる。テストの点数や、学年の順位、クラブの人間関係、クラスの友達、先生との関係…、それが世界のすべてになる。だから嫌なことがあったら、それはまるで地獄のように思えてしまう。でもよく考えたら、学校なんて限られた世界だってことがわかってくる」
「そうなんですか?」
「私は、そう思う。小学校から中学、高校までは、一つの流れがある。そこでの勉強は、一つの答えに向かう勉強なんや。正しい答えが最初に用意されている。その答えに誰が早く正確にたどり着けるかで、評価が下される。無駄なことを考えれば、その分評価も下がっていく。だから効率よく学ぶことがいいということになって、みんなだんだん意味なんて考えなくなって、丸覚えをするようになってしまう…。その出発点はどこやったか、それは答えが一つであるということ。これが、高校までの学習の特徴なんや。でも、学校を卒業して社会に出ると、答えが一つに決まらないなんてことはよくある。例えば、君にとって幸せな人生って何?、生きがいを感じる仕事って?、どんな商品がこれからヒットする?…、みんなすぐに答えなんか出てこない。少なくても覚えたら何とかなるようなものじゃない。これは、大学での学びも同じこと。答えを自分で作り出すことが研究なんや。つまり、君たちが高校を卒業した途端、社会には答えが一つじゃないことの方が多いってことがわかるんや」
「なるほど…」
「でも、学校にいる時は答えが一つであるということが、実は例外的であることに気づかない。学校という世界に生きていれば、学校が世界のすべてになってしまう」
「あっそうか」
「そうなんや。ちょうどここに、熱帯魚がいるでしょ。熱帯魚にとっては、この水槽が世界なんや。すべてなんや。魚たちはこの世界の中でしか生きれない。でも、それを眺めている私たちが、実際にはいる。その世界を管理している存在がいるというわけなんや。でも魚たちは、水槽の中で生活している限りはそのことに気づかない。そこから出て初めて、自分たちが水槽という限定的な世界の中でいきていたことを知るわけなんや。学校も一緒、そこから出て初めてそれが限定された世界であることがわかってくる」
「はい」
「学校に行けなくなったこと、それをキミはダメなことだと思ってたかもしれない。そしてダメなことだと思えば思うほど、ますます苦しくなり、キミは家から外へ出ることもできなくなってきたのかもしれない。でもよく考えれば、これはキミが今までいた世界を外から眺めることのできるチャンスなんだ。一旦、外の世界から眺めてみた時に、何かに気づかもしれない」

 こうしてH君もまた、アウラに学ぶ学習者の一人になっていきました。大変知的な彼が、ここで何を学び、そしてどう変わっていくのか、私は楽しみです。後日、彼は私にこんなことを言ってきました。

「塾長がこの間、言ってくれた“熱帯魚の話”、あれって、星新一の小説の世界みたいでした」

2010.07.16

埋め込まれていく学び

モノが片づけられないといっていた小6のK君が、アウラで学習を初めて3ヶ月。今日は、初めてのお母さんとの面談でした。家では、どんな変化が見られているのでしょうか。私は、それを楽しみにしていました。

「彼は、アウラで学ぶことを家でどんな風に言ってますか? 結構楽しんで来てるでしょ?」
「楽しんでます」
「そうでしょ、楽しんできてますよね。そう思います。毎回、楽しそうにやってるしね」
「あの最初の時にお話した中で“モノが全く片づけられない」ということでしたよね。そしてそのことがあって…、ここではいろんなことを大変キチンとやってますよ」
「確かに、ここにお世話になってから、変わってきたなというのは見えてきてるんですよ」
「どういう風に?」
「むちゃくちゃきれいにするというんではないんですけど、学校のものと要らないものと今使うものに分けられるようになった」
「前はできてなかった?」
「もう、それはぐちゃぐちゃで…」
「ほー、あっそう。なるほどね。不思議ですね、国語だけを週に1回学習してるだけなんですけどね」
「もうほんまに、何でって思うんです…」
「K先生、お母さんの話では、ほんまにひどかったんですって、家の中もぐちゃぐちゃで、何から手をつけていいかわからん状態やったようです。私も最初聞いてびっくりするくらい…。そして本人は、“すぐに頭の中がごちゃごちゃになる”って表現していた…」
「言ってました」
「だから、本人も訳がわからんようになっていたんだと思うんです。そして、国語を履修することを通して彼のその部分がどんな風に変化していくのか、それを見たかった。だから私の焦点はそこにあったわけです。“ごちゃごちゃになってしまう”という状態がどう変わっていくかを、国語を通してやろうという指導目標を立てたわけです。でも、国語のプリントとかとても彼はきちんとするんですね。私は驚いたんです。一度、見てやってください。それは、本当に感心するくらい間違い直しもきちんとしてるしね」
「そうですか…」
「まあ、見てください。彼のやったプリントを、“見せて”って言って…」
「見ました」
「きれいでしょ?丁寧に直せてるし…。読書の発表も起承転結をちゃんといれて、丁寧に発表するんですよ。彼は、日本の歴史にこだわりがあるようで、そればっかり読んでますけど…」
「そう、歴史がおもしろいみたいです」
「それを、“こうなって、こうなって”って、実に丁寧に話してくれるんですよ。だからここでの彼の様子を誰に見せても、“きちんとした子だね”って思われるだろうし、まさか今までモノを全く片づけられなかった子どもだったとは想像もつかないと思いますよ。まあある意味、多動的な行動があるとか、誰にも見えないだろうなって思うんです。だから、あの…、不思議やなって思うんですよ。でも少なくても、週に1回は、そんな様子で学習に取り組むでしょ、それが彼の日常のごく一部ですけど、彼自身の中に埋め込まれていくんでしょうね。だから当然日常の生活の中にも変化が現れる…」
「あんまり言い過ぎた部分もあるのかなって、私が…。“片付けなさいって”とか“早くしなさい”とか、この人少し参ってたこともあったから…」
「それもあるやろね…」
「だから、言わないようにはしてますけど…」
「褒めてあげることが大事かもしれませんね。まああんまり何も言わなくて、逆にうまくやれている部分を褒めてあげるという…。やっぱりそれがすごくいいと思います。私は彼に対しては、よく褒めているわけですよ。“すごくきちんとやれてる”とか、“ていねいにやれてる”とかね、まあだから、あえてそういうポイントで褒めている。何点やったとか、そんなことあんまり関心を示さないんですよね。そんなことより、きちんと仕上げられることの方が大事、そこに私の意図があるんですよね。そこにね…。それは、先も言ったように、彼への指導目標をそこにおいてるのでね、ぶれないんですよ。教育って奥深いんですよ。それで、大変知的な作業なんですよ。これってね…、見えないところでいっぱい絵を描くんですよ。そしてそれを彼とのやり取りの中で表現するだけの話なんですよ。まあ、でも今のお母さんの話を聞いて、私はうれしいですよ。それだけ彼はどうしようもなかったわけでしょ?何をやってもなかなか改善されなかったわけでしょ?」
「何回も学校へ行って相談したんです」
「ねえ、もっと早くアウラに来られたらよかったのにね。手品のように動くわけですよね。教育のすごさですね。ということは、お母さんにとっては結構満足ですね」
「それはもう、大満足です」
「それはよかった」
「少しずつ変わってきたのが、目に見えるようになってきましたから…」
「まあ、それじゃそういうところを褒めてあげてくださいね」
「はい、あっそれから、あの子がこの前、担任のT先生に塾長の話をしたら、“よく知ってるで”って言われたって、嬉しそうに言っていました」
「T先生、よく知ってます。だから、今度学校の面談があった時には、この彼の話をT先生にも話してあげてください。指導の参考にあると思うので…。北村がそう言っていったとお伝えください」
「わかりました」


2010.07.10

今この瞬間に研究の片鱗を見る

 2週間に1度、私は私の大学の師である中村先生と対話の時間を持っています。この二人の対話は去年の10月からスタートし、終わることなく続いています。知の世界がそこで生産され互いを刺激し合う場、今回はそんな雰囲気をみなさんにお届けします。

私の中には、ある確信があります。それは「その人の仕事が本物(authentic)であればあるほど、その仕事そのものが、その人の一挙一動の中に表現される」ということです。

「ここらへんは、何か北村さんは一生懸命、私のことを聞いてくれてるよね。久しぶりだね、初めてだよね、こんな風に取り上げてくれるの?」
「あ、これ?」
「まあ、そもそも、私が何やってるかさえ知らなかった時から見るとね。たくさん私の書いた本をあげて、とにかく“指導教員が何やってるか知らない”というところからの始まったことを思うと、だんだん関心を持ってくれてるじゃない?」
「そうですね」
「これいったい何なの?どういう事態なの?」
「いや、あのねえ…」
「何でそんなことができるかということが、私は不思議なんですけどね」
「えっ?」
「そのー、指導教員が何やってきたかも知らずに、この環境を作るっていうのはどういうことなのかということに強い関心があるんだけど…。普通の学生の入り方じゃないもんだから、ね、ちょっと聞いといた方がいいかなあと、とにかく不思議なアプローチなものだから…」
「それは、前も言ったように、やっぱりベイトソンの本をいきなりだしてきたからですよ」
「“ベイトソンを読め”って?」
「そう、そう言うから、“この人、半端な人じゃない”って思ったんですよ」
「そんな風に直観的に思うって、どういうこと?何か判断軸があるんでしょ?」
「私は、それまでベイトソンを知らなかったしね。だから、言われたその時は、そんなに思わなかったのかもしれない。でも、読み始めて“こういう本を出してくるか…”って、半端じゃないねと思ったんですよ。あのね私ね、結構、人をある程度自分で評価してるかもしれない」
「そうでしょうね」
「この人は、どのレベルなんやろうとか、ここまで来るかなあとか…、これおもしろいんですよ」
「なるほど」
「だから中村先生については、どんな研究をしてようが、そんなことあんまり…」
「表面的なことであると…」
「そうですね。だからベイトソンの話があって、こんな風にエピソードを色分けするサジェッションがあって…、そうそう、この色分けのサジェッションも私にとっては、インパクトありましたね。そういうところのすごさというのか、でも、こういう風な中村先生のものの見方というのは、どういう風に先生自身がこれまで、あるいは今この瞬間も社会病理を見ているかというまなざしを反映していますよね。だから、先生のサジェッションの中に、その研究の姿を読み取っていたんだと思うんです。だからだんだん先生の研究にも興味を持ってくるわけですよ」
「それはだから、何か行間が埋まっていくわけ?」
「そんな感じかもわからないね…」
「ふーん」
「あのー、だからさっきのHさんの話じゃないですが、文脈がどんどん見えてくるわけですよ」
「なるほど、そういうつきあいなんだな、それは大人だわ、大人…」
「大人かどうかは…、でも、先生は極めて一生懸命な人だから…、私は一生懸命な人間が好きなんです」
「だからそれは、多動なんだって…」
「一生懸命ですって…」
「多動…」
「だから、それと…」
「直観的ですよね、自分の感性を信じてるでしょ?」
「そうかもしれませんね」

「まあ、でもこうしてあらためて見てみると、北村さんが私のある側面を引っ張り出しながらも、共通にどういう点に関心があって何を聞いてるのかというのがあるじゃない、それはそれで焦点定まっているから、まとめてみるとおもしろいですよ。私はこんな私なのかというのが、よくわかるんですよ。それは北村さんは、他者だから私のすべてを映し出しているわけじゃないんですが、自分の関心で見てるわけですから、でも文脈を見るという点では何かコンテクストを読み取ってるんでしょうね…」
「でも、やはり重なっている部分を見てるんでしょうね」
「最近読んだ本で『ミラーニューロン』というのがあって…」
「それ、私も読みましたよ」
「脳科学ですよね。共感したりだとか、悲しんだりとか、怒ったりとか、感情を読み取るマインドリーディングみたいなことを、なぜ人間はできるのかと、そんなことは神経学的基礎があって、鏡のように何かを模写したりする中で、同じ気持ちを感じられる。そして感じられないのが、自閉症だということ言うことになるんだけど、そういう側面ではミラーなんですよ。何かを映し出してるわけですよ。映し出し合ってるんですよ、きっと…。まあこれ知的な側面が強いですからね」
「まあでも、社会病理学という点では、今、佐々木先生の授業を受けて、あれも面白いわけですよ。というのは、その授業を受けなかったら、私は中村先生を通してしか知らなかった社会病理学でしかなかったけど、もう一つそこに違ったチャネルができることになるので、そうすると今度は社会病理学というものが、私のテリトリーの中に入ってくるんですよ。それは、社会病理学が一つの人格となってやってくるので、それは面白いなって思えるんですよ。しかも、たまたま授業でハワード・ベッカーを読んだので、どういうパースペクティブで現実を切り取っていくのかという手法、これもメタレベルの話、いやパースペクティブ自体がメタレベルなロジックなので、だから現実をどう切り取っていくとどんな風に見えるとか、そんなところがこの色分けの話であって、これもまた一つの切り取り方に過ぎないって言うところが面白いんですよ」

2010.07.02

テスト結果が返る時

「先生、聞いて、聞いて。すごいで…」
学校のテスト結果が返ってくる頃、アウラの中ではその結果をそれぞれの生徒が先生に報告する場面が見られます。中3のT子は、そんな彼らの中でも特に変化の大きかった生徒の一人かもしれません。

「ほら、数学86点、英語83点」
「へーT子、すごいな」
「だって、私、2年生の時、数学も英語も20点台やったもん」
「すると、4倍?」
「そう、4倍くらいの点数がとれるようになった」
「家の人もびっくりしたはる?」
「お母さん思わず、おばあちゃんに電話したはったもん」
「あっそう。よかったね。でも、T子は本当に変わったね。まあ、点数のこともあるけど、何ていうのかな、今までは“もうどうせやっても無理”って勉強を諦めていたと思うんや、でも今は自信が感じられる。“私もやったら何とかできる”っていう自信。これが大事なんやと思う。アウラに来てT子が手に入れた最大のものは、その感覚なんやと思う」
「はい」

子どもたちが本当に変わる時は、何かこうグーッと変わっていくんですね。それが私たち大人とは大きく違う点かもしれません。T子の場合、その変化はまず数学で起こりました。何か一つでもいいんです。その教科を媒介にして、その子の中にある自信が芽生えてくれればいいんです。彼女は、学習に関して強い劣等感を持っていたので、それが薄まっていくだけで、自信が生まれるのです。あとはその自信を裏付けるようなテスト結果のような具体的なものがあればいい。

T子は、今学期に長かった髪の毛を思い切って切りました。ショートヘアになった彼女は、その外見の雰囲気さえもどこか知的なものに感じられるようになっていったように思うのは、私だけではなさそうです。

2010.06.25

彼女が語りだす時

アウラに研修にきている大学生のFさんは、週1回不登校の子どもたちのいる時間帯にやってきます。そして、子どもたちに関わり、教科の学習のお手伝いをし、授業終了後、私とその日あったことについて振り返りをおこない、自宅に帰ってからそれをもう一度文章化して私宛にメールで送ってくれます。以下は、その文章の一部です。

「…知誠館に行くのは今日で六回目。たったの六回だが、私の中でいろんなものが変化している。一つの事象に対して、以前より視点を多く見出せるようになった。そして、すべてのことは繋がっているのかもしれないと思うようになった。何かひとつでも一生懸命取り組めば、それによって得た力が他のことにも応用できる。そして何より、一生懸命やったという経験が自信となり、自分を支えてくれる。反対に、何事に対してもいいかげんにやっていると、それに対する後ろめたさが自信を失う原因となり、物事を楽しむことができなくなってしまう。そして同じことを繰り返す。まるで負のループだ…」

Fさんの中で起こっている変化、それを彼女は次のような抽象的なコトバを使って表現しようとしています。
〈視点を多く見出せるようになった〉
〈すべてのことが繋がっていると思える〉
〈一つのことを一生懸命取り組めば、それによって得た力で他のことにも応用できる〉
〈自信が自分を支えてくれる〉
彼女の中で生じた変化は、ある得点を超えられたとか、何かの資格が得られたとか、そんな具体的なものを決して指すものではありません。それは、抽象的であり、主観的であり、どこかあいまいさを含んだものであるのかもしれません。だけど、彼女は変わり始めているのです。確実に変わり始めているのです。

彼女の変化、それは彼女の視界そのものの変化と言えるかもしれません。彼女の見ている世界そのものが変化し始めたのです。だからこそ、同じ風景を見て、以前はバラバラに存在していたモノが、繋がりを持ち始めるのです。J.メジローは、このような変化を〈パースペクティブ変容〉と名付け、具体的なコトの変化〈スキーマ変容〉と区別して捉えました。そして学びの本質的な目的を、この〈パースペクティブ変容〉においたのです。そういった意味では、彼女は、今まさに自ら語り始めることによって、どこか今までとは違う、今まで経験したことのない学びの世界を垣間見ているのかもしれません。

「20歳にしてやっと気が付いた。やはり私は同世代の人達に比べてかなり幼い。今日の先生の、あまり生徒を子どもとしては扱わないという話にとても共感した。自分の14歳のころを思い出すと、大人たちが思っているよりいろんなことを考えていたような気がする。子どもは、大人が思っているより大人だ。それに、20歳になった今も、私は大して変わっていないように思うからだ。私は立場としては一応先生だが、先生と呼ばれるような人間ではない。だから、できるだけ生徒が見ている世界に近づいていろんなことを考えてみようと思う」
 
自省的な彼女の文章、そこからFさん自身の謙虚な姿勢が伝わってきます。私の生徒への関わり方を見て、彼女は自分自身の過去を振り返り、現在を振り返ります。私のことを自分自身の課題として見ていくことで、新しい自分の存在が見えてくるのです。そしてふと気がつくと、彼女の語りが私の語りと重なっていることに気がつきます。彼女が語り始めた時、それはアウラの学習者となったことの証であるのかもしれません。

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